最判平8年11月22日(受戻権の放棄による清算金支払請求の可否)
平成8年11月22日の最高裁判決は、譲渡担保の決着のつけ方について、**「債務者のほうから『もう物はいらないから、お釣りをくれ』と一方的に言えるのか?」**という、実務上の非常に鋭い対立点を解決した判例です。
以前解説した「昭和46年判決」などで、債権者の「実行」による清算義務は確立されましたが、この判例は債務者側からのアプローチについて制限をかけました。
1. 事案の概要
- 債務者Aが不動産を譲渡担保に入れましたが、期限までに借金を返せませんでした。
- この不動産は、借金(被担保債権)よりも高い価値がありました。
- 債権者Bは、まだ「担保権を実行する」とは言っておらず、そのまま放置していました。
- そこで債務者Aが、**「自分から『受戻権(取り戻す権利)』を放棄する。だから、不動産の価値と借金の差額(清算金)を今すぐ払え」**と訴えました。
争点
「債務者の一方的な意思表示(受戻権の放棄)によって、債権者に清算金の支払いを強制できるのか?」
2. 判決の結論
最高裁は、**「債務者が一方的に受戻権を放棄しても、債権者に清算金の支払いを強制することはできない」**と判断しました。
判決のロジック
- 実行の選択権は債権者にあり: 担保権をいつ、どのような形で実行するか(あるいは実行せずに持ち続けるか)を決める権利は、原則として債権者にあります。
- 清算義務の発生タイミング: 債権者が「実行の通知」をしたり「目的物の引き渡し」を求めたりして、初めて清算義務が生じます。債務者が勝手に期限を決めて清算を迫ることは認められません。
- 債権者の不利益: もし債務者の一方的な放棄で清算が始まると、債権者は「今は不動産を現金化するのに不適切な時期(暴落時など)」であっても、無理やり清算金を捻出しなければならなくなり、不当な負担を強いることになります。
3. この判例のポイント:債務者ができること
では、債権者がいつまでも実行せず、お釣り(清算金)もくれない場合、債務者はどうすればよいのでしょうか。この判決は、債務者の「出口」についても言及しています。
- 受戻しをする: 借金を全額返して、物を取り戻す。
- 時効を待つ: 債権者が長期間何もしなければ、権利関係に変化が生じる。
- 実行を促す: 債権者が明け渡しなどを求めてきたタイミングで、ようやく清算金請求が可能になる。
まとめ:譲渡担保判例の「債務者保護」の限界
これまでの判例で、譲渡担保における債務者はかなり手厚く守られてきましたが、この平成8年判決は**「債務者が自分の都合の良いタイミングで、無理やり担保物を買い取らせるようなことはできない」**という一線を引いたものといえます。
譲渡担保の「清算」が始まるスイッチは、あくまで**「債権者の実行意思」**にあることが明確になりました。

